Trex70’s blog

特別支援教育士として、障害児の教育相談を2000組近く行い、引退後は、毎年200冊以上の本を分野に関係なく暇に任せて読んでいます。Trexはティラノサウルス・レックスのこと。大好きな恐竜です。

ふるさと銀河線 軌道春秋/著:高田郁

「生きにくい時代です。辛いこと悲しいことが多く、幸福は遠すぎて、明日に希望を見出すことも難しいかも知れない。それでも、遠い遠い先にある幸福を信じていたい。あなたの明日に、優しい風が吹きますように。」と作者が登場人物たちに託した言葉と「あとがき」に書かれていた。政治家たちがどんなに悪いことをしても秘書の所為、会計担当の責任とどこ吹く風、他方、税金はどんどん上がる、国会で審議もせず軍需兵器は海外に出ていく、2013年に書かれた作者のこの言葉は10年経っていても響いてくる。

<目次>

〇お弁当ふたつ

一家の大黒柱がリストラにあっていた。2ヶ月も前に。妻にも子どもたちに伝えることなく普段通りの時間に出かけ、いつもの時間に戻っていた。それが、忘れ物を切っ掛けに妻が知ることになる。妻は、いつも通り家を出る夫をつける。電車を乗り継ぎ、電車の中で静かに妻が作ったお弁当を食べ、終点まで行っては引き返す。

家族にも言い出せず、2ヶ月もいた夫に腹も立てるが、妻は自分の弁当も作って夫を追いかけ、同じ電車に同乗する。

〇車窓家族

大阪と神戸を結ぶ私鉄沿線にある一軒の古い勤電車が信号待ちで止まるたびに目にする文化住宅。その2階の真ん中の部屋に灯る明かりを見て、心を癒されていた5人の男女がいた。いつもなら点いている明かりが灯らない。どうしたことかと心を痛めていた矢先杞憂だったことが分かった。

〇ムシヤシナイ

JR大阪環状線のT駅にある駅そば。縫製工場で働いていた男は妻を亡くし、定年を機に駅蕎麦屋で働いていた。独力で大学を卒業した息子は学の無い父親を疎んじ、東京で暮らし、子どもを塾漬けにしていた。ある日、長年会わなかったその孫が、駅そばで働く祖父のもとへ突然現れた。頑張って進学した中学は授業に付いていくのが精一杯で悩んでいた。それを話も聞かず父親は努力が足りないと殴ってばかりいた。このままでは父親を殺してしまうと大阪の祖父のところに逃げてきたのだった。

そんな孫にこんな仕事をしていて「ジィちゃん虚しくない?」と訊かれ、「ムシヤシナイ(虫養い)」という言葉を教える。

ふるさと銀河線

両親を喪って銀河線の運転手をする兄と二人、道内の陸別で暮らす中3の少女。演劇の才能を認められ、周囲の期待も集める。友が皆、進学を機にふるさとから離れていく。故郷への思いと演劇への思い。夢を封印し、少女は地元の高校へ進学を決心する。

兄と同年代の天文台の技師は半世紀以上続く和菓子屋の一人息子だった。しかし、星への思いを捨てられないと知った両親が息子の思う道を選ばせてくれた。その話を聞き、

演劇部のある高校への進学を目指すことになった。

〇返信

一人息子が不慮の事故で無くなった。息子が陸別から出した葉書を読んで、父と母は陸別に旅に出た。余りも変わってしまっていた陸別を見て、両親は愕然とする。しかし、降ってきそうな星空を見て、息子が傍にいることに気づく。

〇雨を聴く午後

バブルが終わろうとする時に証券会社に勤務する男が取引先からの辛辣な言葉に胸を痛め、惨めな自分に嫌気がさしていた。そんな時、捨てずに置いていた学生時代に過ごしたアパートの鍵を見つけ、雨の中、家人の留守中に上がり込んで変わらぬ部屋の空気を嗅ぎ昔を懐かしんでいた。ある時、そこで暮らす家人の書きかけの手紙を読んでしまい、アルコール依存症で夫と別居し一人で住んでいることが分かった。姑に気を使い、仕事で帰らぬ夫を待つ寂しさのあまり、一人酒を重ね依存症になってしまい、家庭崩壊してしまったのだ。夫と別居し淋しさに耐えながら、それでも懸命に生きようとしていることを知り、「みっともなくても、生きる。あのひとも、俺も」という思いになる。

〇あなたへの伝言

アルコールを断ち、お弁当屋さんで仕事をしながら、断酒会で知り合った女性とともに頑張ろうと励ましあっていた。ところが、友人の結婚式に出席したその女性は、周囲が進めるアルコールを断れずに飲んでしまい、アルコール中毒を再発してしまった。女性の主人からの電話で家に駆け付けると、そこには、壁紙も破れ、ひっくり返った家具の間で酔っぱらって意識を失っている女性がいた。その姿を見て、相談する人もなく、一人自分もそうなるのではないかという恐怖に怯えながらも生きていく。

〇晩夏光

自分の親なのに手伝おうともしない夫とアルツハイマー認知症を発症した義母の世話をした母。一人息子も巣立ち、義母も夫も見送った家に、自分は義母のようにはなるまいと一人暮らしていた。しかし、出張で立ち寄ってくれた息子に好物の手料理をふるまったことを次の日には忘れていた自分に呆然とし、亡くなった夫が入院していた病院の精神科で診てもらう。初期のアルツハイマーと診断され、記憶のあるうちにとノートを書き始めるが、そのノートの意味も分からなくなってしまう。近所からの連絡で慌てて駆け付けた息子は、ノートから母親を介護施設に入れる。介護施設の屋上で認知症になり息子だと分からなくなってしまった母親と息子の会話が切ない。

〇幸福が遠すぎたら

具合の悪くなった父親の家業の造り酒屋を継いだ女性。経営状態はどんどん悪化し、不当たり手形をだしてしまう。そんな時に法曹界を目指して頑張っていた大学時代の友人から3人で会おうと手紙届く。新潟から飛行機で友人に会うために久しぶりに京都にやってきた。10数年ぶりに会うと、一人は夢を叶えて弁護士になっていて、一人は銀行の法務の管理職になっていた。弁護士になった友人は癌になり、C型肝炎のキャリアだったので妻が家を出ていた。銀行員の友人は震災で身重の妻を亡くしていた。

寺山修司の「幸福が遠すぎたら」の「さよならだけが 人生ならば 人生なんか いりません」が作者の気持ちを表していると思う。

 

〇あとがき

 

全部で9編、どれも心に沁みる作品だった。